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長彦自然歩道、富士見岩、湯巻


冬の間に歩いておきたいのは
薮こぎになりそうなところです。
薮は、蛇もこわいし、マダニもいやだし、
暖かくなると出てくるものがいっぱいいますね。

探ってみたいところはいっぱいあるのですが、
このところ別の活動に精を出していたので、
なかなかまとまった時間がとれませんでした。
そちらが一段落したので、
これから暖かくなるまでのわずかな日々
薮をおそれずに歩きたいと思います。

今回選んだのは長彦自然歩道です。
ここはもう2年ぶりぐらいの訪問です。
ここを通って大知波峠に出て、
石巻遊歩道から湯巻に出る周回の行程です。

地形図には石巻遊歩道の途中から
湯巻に通じる道が描かれていて、
かつてはきちんとした山道があったようです。
以前少し探ってみたのですが、道は見つかりませんでした。
今回は少し真剣に探してみたいと思います。

長彦自然歩道の起点は嵩山の十輪寺です。
ここの地蔵菩薩が「普門寺と国境のほとけ展」で展示され、
そのおだやかな顔がかなりの人気を集めていました。
ただし、まだ市美術博物館からは帰っていないはずです、
また、帰ってきても収蔵庫はふだんは鍵がかってあり、
お坊さんは住んでいないので、訪ねていっても見られません。

十輪寺前の駐車場案内。
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十輪寺の様子。手前が収蔵庫でしょう。
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本堂の土台の石組みもコンクリートで固めておらず、
昔ながらの姿で建っています。

数年前まではこの小屋は建っていたはず。
倒壊してしまいました。
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すぐ前の川に沿ってさかのぼります。
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橋を渡ると案内板があります。
おそらくこの横の標示が「コ1」です。
ここからは以前にも紹介しているので、
道標などは目立つポイントのみにします。
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民家の横の狭い道を入って行きます。
「コ2」の標示です。
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段々の畑の間を入って行きます。
イノシシの害が激しいのでしょう。
しっかりとしたフェンスが建っています。
「コ3」の標示で左に曲がります。
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森の中に入ります。
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小さな沢を渡ります。
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自然歩道は最近補修整備されたようです。
土のうや丸太が設置されていました。
豊橋自然歩道協議会のみなさんの手になるものでしょう。
土のうを何回も往復して運んだことでしょう。
ものすごい労力です。
本当にご苦労さまです。頭が下がります。
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道が水で削られないように排水路が作られていました。
土のうは全部でいくつ運んだのでしょう。
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この道はむかし大知波道とか豊川道と呼ばれ、
大知波から豊川稲荷に参る道だったそうです。
ところどころそれなりに太い道幅があります。
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前方が明るくなって尾根が近づきました。
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「コ10」の標示。御用岩へは寄り道になります。
しかし2,3分で御用岩です。
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御用岩からは西に嵩山の野が見えます。絶景です。
南西に石巻山の頂上の岩場も見えます。
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採石場の向こうのほう本宮山が見えます。
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分岐に戻って鉄塔下に向かいます。
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南に進みます。
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長彦峠のマンサクです。
濃い黄色の花が咲く木と
薄い黄色の花が咲く木が並んでいるようです。
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じきに大知波峠に出ます。
豊橋自然歩道本線が尾根を走っています。
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大知波峠廃寺跡は尾根のすぐ下の南東斜面で
浜名湖がよく見えます。
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廃寺跡の風景。
ここに12のお堂が建つ大寺院があったそうです。
これだけ大きいのになぜか当時の記録にはなにも残らず、
12世紀に突然廃絶したとのことです。
謎の寺院跡です。
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せっかくだから富士見岩まで行くことにしました。
アップダウンの少ない尾根道なので
往復1時間ぐらいで行ってこられます。
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ここからはかなり省略します。
途中の三角点。
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富士見岩です。先客が4人いました。
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この日は晴れていましたが、
遠くはかすんでいました。
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戻って、大知波峠廃寺跡の尾根から
西に延びる林道を通って遊歩道まで行きます。

途中のコンクリート舗装路。
大知波峠廃寺の発掘調査のときはここを通って
車両が人と道具を載せてやって来たそうです。
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フェンスで車止めがしてあります。
フェンスの向こう側は石巻遊歩道です。
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石巻遊歩道を西に向かいます。
三ツ口池が見え始めました。
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「穂の国いのちの森づくり」の横から
尾根に入って行きます。
ここからがこの日のメインの行程です。
ここで6年前に植樹が行われましたが、
その後手が入っていないようで荒れ放題ですね。
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ここから尾根づたいに西に向かい、
ピークを越えたあたりから
北へ大きく回り込む道が
地形図に描かれています。
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西に向かう道はかなり枝がはらってあり
しっかりと道がわかりますが、
分岐らしき場所が見つからないので、
検討をつけて強引にやぶの中に入って行きました。
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うーん、これは道らしい気はしますが、
けもの道のようですね。
すぐに不明瞭になり、
道ではないことがわかります。
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右往左往して道を探すより
地形図をたよりに方角を考えて進んで行きます。
が、樹木に覆われて見通しがあまりないので、
方角はだいたいにして
歩きやすいところを進むしかありません。
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四角い大きな岩がありました。
3メートル以上の高さがありそうです。
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道らしい溝を発見しました。
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これは完璧に道です。
しかし、倒木や石崩れで、
またいだり、くぐったり、回り込んでばかり。
そうしているうちにまた道が消えてしまいます。
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何回か道らしき痕跡に出会いますが、続きません。
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やがて水の流れる沢になり、
水をパイプで導く設備がありました。
パイプを踏まないように沢を下っていきます。
しかし、水の流れる沢が道になるはずはないので
本当の道は別の位置でしょう。
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家が見えてきました。
湯巻の集落です。
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普通の道路に出ました。
ここまでおそらく水平距離にして
6,700mほどだと思いますが
40分ほどかかってしまいました。
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そこで会った湯巻の方に聞くと
やはりむかしはしっかりと道があったとのことです。
が、かなり前から通らなくなって
荒れてしまったようです。

ここから一般道に戻り十輪寺まで戻りました。

あとで行程を地図に落としてみると、
図の緑線のように進んでいました。
ずいぶん違うところを歩いていたわけです。
地形図がしっかりと読めていませんねえ。
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別に道があるのかどうか、
いつか再挑戦したいものです。
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by harahira2 | 2017-02-28 21:48 | 弓張山系 | Comments(0)

冬の石巻山


忙しいというほどではないのですが、
1日まるっと空く日がなかなかありません。
それでもちょっとは山を歩こうと
午後から石巻山に行ってきました。
これまでにも何回も紹介してきたので
変わり映えしませんが、
レポートします。

駐車場には何台も駐まっていました。
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石巻自然科学資料館。
ここには石巻山自然観察路マップが置いてあります。
このあたりの山歩きにはかなり重宝します。
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石巻神社上社。
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道端にジロボウエンゴサクが咲いていました。
こんなに早く咲く花でしたっけ。
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奥の院。
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その横のこのしろ池。
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蛇穴。
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ダイダラボッチの足跡。
日光の加減でちょっと見にくいですが。
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岩場にさしかかります。
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岩の間を通って鉄の階段を登ります。
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頂上に着きました。
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東方面に富士山が見えました。
ここから見るのは本当に久しぶりです。
でもやっとわかる程度です。
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南の三ツ口池を見下ろす。
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北の嵩山方面。
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その向こうにおそらく中央アルプス。
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北西の本宮山。
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西は人がいて撮れませんでした。

この時期は花はあまり期待でないので、
石巻山にはあまり来ません。
久しぶりに登った感じでした。
この日は子ども連れの親子を何組も見ました。
頂上ではしゃぐ子どもを見ると
親はついていてもはらはらしてしまいした。
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by harahira2 | 2017-02-19 22:54 | 弓張山系 | Comments(0)

安久美神戸神明社鬼祭り


安久美神戸神明社の豊橋鬼祭りは
国指定の重要無形民俗文化財です。
毎年2月10日,11日に行われます。
鬼祭りの紹介看板。
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この2日とも別の用事があったので
全部見るわけには行きませんでしたが、
見られるだけでもと行ってきました。

まずは前日のようすから。
境内は準備中のようです。
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鬼の像が展示されていました。
これは一年中見られるようです。
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神楽殿でかわいい神楽子がいました。
五十鈴神楽の直前のようです。
もう少し見ていればよかった。
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この日は青鬼が出て地域を回っているようです。
青鬼は見たことがないので見てみたいものです。

タンキリ飴を買いました。
これを食べると夏病みしないということです。
信じてはいないけど協賛のつもりで。
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いよいよ2日目です。
こういうのを何というのでしょう。
この大きな看板は常に出ているようです。
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一の鳥居の下あたりから。
人はそれほど混み合っていません。
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二の鳥居手前から。
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八角台のまわりに人が群がっています。
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拝殿では浦安の舞が行われているようでした。
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飴まきを始めました。
豊橋市長や国会議員、市議会議長など
そうそうたるメンバーでまきます。
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御供えが入ってきました。
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飴をふりまきながら子鬼が登場してきました。
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白い粉をかぶっている人。
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用意のいい人はカッパを着ています。
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子鬼の飴まきです。
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一の鳥居ちかくで赤鬼と天狗のからかいが始まりました。
順番からすると、これは練習なのかもしれません。
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御的の神事。
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いよいよ赤鬼が八角台に登場しました。
コミカルな動きをします。
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降りていって天狗とのからかいです。
この祭りのメインイベントです。
位置を変えたらとても見えません。
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残念ながらこの日はここまででした。
久しぶりに見た鬼祭りでした。
来年は全部を見てみたいと思います。
ただし、同時並行の行事もあるので
なかなかむずかしいところです。
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by harahira2 | 2017-02-11 21:45 | 地域 | Comments(0)

なんとか実施された黒沢田楽


新城市七郷一色の黒沢田楽を見てきました。
黒沢田楽は鳳来寺田楽、田峯田楽とともに
三河の田楽として国指定重要無形民俗文化財になっています。

主に豊作を祈願して舞や踊り、所作が行われます。
「田うち」「しばかり」「もみまき」「とりおい」
「むぎかり」「くわとり」「田うえ」「いもとり」
など農耕に関するものがほとんどです。
他に「つるぎ」など刀を振り回しての舞もあります。

黒沢は静岡県との境に隣接する標高500メートルの地区で、
七郷一色の中心部から5キロ以上離れた深い山あいにある地区です。
急な斜面に数軒の家が建っています。
ネットなどを見ると黒沢田楽は
7戸の家でおこなっているように書いてありますが、
現在では住んでいるのは2戸になってしまったとのことです。

急斜面に建つ荻野家住宅。
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この家は幕末から明治初めころ建てられた茅葺き屋根で、
新城市の指定文化財になっています。
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重厚そうな造りの住宅です。
維持するのはたいへんでしょうね。
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田楽は毎年伝承者が舞うのですが、
今年は中心の方の身内に不幸があったとのことで
ビデオ映像の鑑賞が中心となってしまいました。
しかし、旧七郷一色小学校出身の青年が「もどき」を舞ってくれ、
それに合わせて地元の東陽小学校の篠笛クラブが囃子をしました。
また、校長が「こま」の狂言でばくろう役をやってくれました。

田楽がおこなわれる阿弥陀堂。
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裏にはすぐ山が迫っていて、
上から見るとこんなふうになります。
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参観者はたき火に当たりながら見ています。
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約40年前のビデオを上映しました。
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青年が「もどき」を舞いました。
この若者は黒沢の出身ではありませんが、七郷一色の出身です。
ここ数年わざわざ踊りに来てくれるようです。
郷土愛がそうさせるのでしょう。すばらしいと思います。
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東陽小の校長と文化財保護の担当員、
地元の方が「こま」の狂言を行いました。
毎年東陽小の校長がばくろう役をやっています。
それ以外は臨時の方が役を演じました。
ばくろうと馬の売り主がおもしろい商談をします。
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「あづき」です。
くろもじの木の枝につるした木片の「あづき」を
天井にたたきつけます。
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今年はほとんど省略になってしまいましたが、
打ち切りにならなかったのは
関係者の熱意と努力のたまものだと思います。
来年の実施を楽しみにしています。
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by harahira2 | 2017-02-05 23:05 | その他 | Comments(0)

失われた道・太田道


豊橋自然歩道を神石山から北へ向かうと
じきに「太田峠跡」という標柱に出会います。
すぐ横には石を組んで周りを囲む構築物があり、
だれかが何かの目的で作ったことがわかります。

峠に名前がついているということは、
名前をつけるだけの理由があったはずです。
この峠を通り抜けて山を越えることが
頻繁にあったからにちがいありません。

『多米郷土誌』という本を見ると、太田道の説明があり
「村の東南方に在り、豊橋往還の支道にして、
字南脇より東南に分れ、東方遠江国太田村に通ず。
長さ廿八町四十間、幅九尺」
とあります。

この豊橋往還というのは多米峠を通っていた道で、
字南脇というのは多米東町の東に位置する字です。
岩崎町の手洗地区はその南になります。

太田道は多米、岩崎と湖西の太田地区を結ぶ道で
長さは28町40間で、3000m強になります。
幅九尺は270cmですから、かなり広い道です。

明治23年の地形図を見ると
確かにはっきりと描かれています。
実線と破線で表されており、
「聯路」という2m以上の道ということです。
これに豊橋自然歩道を青い線で、
太田道を緑色で描き込んでみました。
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この道は昭和63年の地形図にも
その一部らしき道が描かれています。
(入口が異なり、道の場所もずれています。)

地形図の更新は実際の状態が反映されるまでに
年月がかかるのは通例ですが、
特に山中では実際に踏破測量せずに
以前のものを引き継いでいる場合が多いようです。
それにしても、4,50年前までは十分
道として通ることができたのではないかと思います。

これまでに何度もこの道を探っていて、
ほぼ1本の道になっていることはわかっていますが、
1度にまとめて歩き通したことがないので
今回歩き通してみることにしました。

入口は岩崎町手洗地区のどん詰まりです。
集落の東に伸びる2本の道が合流するあたりが入口になります。
ただし、上側の道は川で完全に寸断されているので、
本当に通っていたか疑わしく思えます。
現在の地図と比較してみると、
神石山自然歩道の「カ3」のあたりから
左前方に進んで行くようです。
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しかし、低木や草が密に茂ってしまっていて、
まったく道を見つけることはできません。
というよりも、きわめて進みづらい茂みです。
少し入ってみると枝の多い倒木が
くぐり抜けることも乗り越えることも拒否しますし、
テーダ松の枯れ葉がかぶって地面が見えないので、
うかつに踏み込めません。
また倒木の根元にはイバラのある木が茂っています。
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結局突破するのはあきらめて迂回しました。
迂回ももちろん楽ではありませんが、
やっと道のあとにたどり着きました。
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その反対側です。
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おそらくここから自然歩道に通じているはずです。
わずか100mぐらいですが確定しません。
10年後ぐらいに陽樹がまさってくれば、
もう少し見通しがよくなるのではないでしょうか。

シダが茂っていますが道ははっきりしています。
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倒木があまりにもひどく道をふさいでいます。
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ここは比較的道がはっきりしています。
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大きめの岩がありました。
おそらく道の目印になっていたはずです。
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この先は道がUターンしていますが、
上の道の太い木が倒れて通せんぼになっているので
ショートカットします。
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実はこのあたりはたまに入ってくる人がいるようで
踏み跡がそこそこあります。
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またもやシダがさえぎるように茂っています。
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突破して振り返るとこんな具合。
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ここからは二手に分かれているようでやや不明瞭です。
左は広くてなだらかな道ですが、
ここまでと作りが違うようなのが不思議です。
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上側に進みます。ここもシダが茂っています。
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シダに囲まれながらも折り返すようになっています。
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ここもシダが密集していますが、
かつて通った人がかき分けてくれています。
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シダの茂みを抜けて振り返ったところ。
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崩落箇所があり道は切れていますが通れます。
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これも道を倒木がさえぎっています。
上側を迂回します。
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左下方に大きな岩がありました。
人が頻繁に通っていたころは
きっと岩に名前がついていたことでしょう。
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ところどころV字に折り返します。
写真では左側から来て右側に登っていきます。
このような折り返しがあるということは
荷車や馬などが通っていたことを物語ります。
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はじめに挙げた地図では
それほど折り返しは多く載っていませんが、
実際はかなりあります。

ここも道がはっきりしています。
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U字谷になっているところの入口です。
やや広く平坦になっています。
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多くの水を集めるような地形ではないので
不自然に削られているように思えます。
ひょっとしたら人工なのかもしれません。
谷をさかのぼることできますが、
最後に急に行き止まりのようになって
よじのぼることになります。
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ここから茂みで道がまったく見えなくなりますが、
左に大きく迂回しているようです。
地図で大きく曲がっているところでしょう。

道らしきものはありますが、
こんな具合に倒木だらけです。
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谷の上部です。左側に谷があります。
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このあたりは何回も折り返しているので
ショートカットで通る人があるようで、
はっきりとした踏み跡ができています。
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ここも折り返し。
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右手に岩が見えます。
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まもなく稜線ですが
道は左に曲がって上がっていきます。
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最後の折り返しを過ぎました。
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太田峠に着きました。石組みがあります。
石組みはおそらく風よけの休憩所でしょう。
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振り返って見ると大きな木が道の真ん中に立っていて
とても道があるようには見えません。
木の太さから4,50年は経っているでしょう。
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「太田峠跡」の標示。
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豊橋自然歩道を南から北に向かって見る。
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ここから下っていきます。
この道も入口がわかりにくいですが、
斜め南に入って行きます。
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すぐにはっきりとした道が見えてきます。
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豊橋側はシダが茂るところが多いのですが、
湖西側はシダはほとんどなく、
道はたいへんわかりやすくなっています。

道幅はやはり2m以上あるようです。
山側が崩れているだろうことを考えると、
もっと広かったことでしょう。
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ここで急に道がわからなくなります。
崩落したようです。
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ここを突破すると石のごろごろした場になります。
道はありますが、進んでいた高さとずれるのが不思議です。
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大きな岩の横を通ります。
木の育ち方からみて、10年は経っていないようです。
こちら側はかなり最近までよく使っていたのかも知れません。
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さいころのような岩。
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ここも道はしっかりしています。
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左側に林道が迫ってきました。
もとの道は崖になってしまいます。
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崖をよじ下りたところ。高さは2m以上あります。
よく見ると左側の上に道が見えます。
林道ができたため山側が大きく削られてしまったのです。
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もとの道はこの林道と斜めに交差するように下りていきます。
林道の谷側は埋められたため、
やはりもとの道はわからなくなっています。

この先林道がY字になって折り返すことができるので
回り込むことにします。
Y字に交差するところ。
(写真を撮り損なったので、別の機会の写真)
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林道は幅が広いですが、
こちらももう10年くらいは使われてないようです。
大きな石がごろごろしています。
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ここが上からもとの道が下りてくるところ。
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またしても大きな岩がありました。
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これは炭焼き窯の跡でしょうね。
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ゆったりと下って行きます。

このあたりは変わった地形です。
上側をよく見ると棚田の跡があります。
全部で7段くらいあるようです。
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結構大きな石も使って石垣が組んであります。
いつの時代かここに田を作ろうと
力を振り絞ってつくりあげたたものでしょう。
どのくらいの期間この田が実際に耕作されたのでしょう。
田を開く労力だけもとをとったのか気になります。

写真に撮れませんでしたが、
道の下側にも田が作られていたようです。

現在の地形図にも載っているように、
このあたりまでふもとから林道が来ていて
もとの道と林道が並行して通っています。
もとの道はやや荒れています。
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林道との合流地点。
右から下りてきました。
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すぐに普通の舗装道路に出ました。
道路を横切って少し行くと中尾平の集落があります。
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横切って下って行くと、
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やがて民家が見えてきます。
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実際にはもう少し先まで歩いていますが、
一般の道になるのでここまでにしておきます。

実際に歩いてみると豊橋側は地形図とはずいぶん異なります。
昔はこの道を通って多くの人が歩いていたはずです。
ときどき村人たちが総出で土砂崩れを補修したり
草を刈ったりしていたことでしょう。
こういう道路維持の多大な努力を思うと、
この現状はわびしい限りですが、
これも時代の流れということでしょう。
太田道はこのまま歴史のなかに埋もれていくはずです。
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by harahira2 | 2017-02-01 17:08 | 葦毛湿原 | Comments(0)