<   2013年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧

月ヶ谷城址へ


<続き>

分岐点を西に向かいます。
しばらくははっきりとした道があります。
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ときおり樹間から北側の中山集落がのぞきます。
すぐ下にあるように見えてしまいます。
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黒いプラスチックの階段を下りる急坂がありました。
送電線と鉄塔の保守のための階段でしょう。
この先、行き止まりになったら
この階段を登り返すのかと思うとぞっとします。
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道の分岐がありました。
左が来た道で、通り過ぎたところから撮っています。
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右から来ている道とY字形に合流しています。
岩で落ち合っているので、
この岩を「落合岩」と名付けておきます。

この分岐の道にも興味を持ちましたが
またの機会にしましょう。

やがて鉄塔のある開けたところに出ました。
写真は振り返って撮ったものです。
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北側です。平尾山の西側の尾根のようです。
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南側です。大知波峠や富士見岩方面と思われますが、
はっきりとした目標物が見つかりません。
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西へ進みます。道はかなり狭くなります。
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45°ぐらいもある急傾斜が見えます。
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道はあまり変化がありません。
地形図を見ると
この尾根と直交する山道が描かれていますが、
まったく見つかりません。

ケルンのように石を積んだところに出ました。
ここが日照山という山のようです。
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不思議なことに道がはっきりしているところと
ほとんどわからないところが混在しています。
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やがてひどい藪こぎになってきました。
地形図では道が描かれていますが・・・。
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岩ごろごろしているところがあります。
岩こぎということばがあるでしょうか。
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ここを抜けると、ピークっぽいところに出ました。
ここが正宗寺山のようです。
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左に下りられそうな道がありますが、
右に進むと、三角点がありました。
四等三角点「月ヶ谷」です。
標高は359.2mです。
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三角点の後ろにはなぜか木にはしごがかかっていました。

すこし戻って南の尾根を下ります。
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道は比較的はっきりしているのですが、
ここも倒木のひどいところがあり、
迂回することも何度かありました。
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やがて鞍部に出ると
黄色い柱に赤い矢印表示がありました。
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これが月ヶ谷城址への案内標示です。
表示にしたがって少し登り返します。

出ました。月ヶ谷城址です。
月ヶ谷城は、戦国時代に西郷氏が築いた山城です。
大きな城ではありませんが、
本丸や曲輪で何段にも配置されていて
なかなかの城です。

本丸の標示です。広場のようになっています。
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すぐ裏には「月ヶ谷城のヤマモモ」と呼ばれる
ヤマモモの大木がありました。
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一段低いところに井戸もありました。
かなり深そうです。
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この山は軍場山という名が付いています。
西郷氏が今川方に攻められて落城したことから
つけられた名かもしれません。

一方、月ヶ谷山という山は、
嵩山の平野を越えたひとつ南の尾根にあります。
三角点「月ヶ谷」、月ヶ谷城址、月ヶ谷山が
いずれも離れた位置にあって
まぎらわしいですね。

月ヶ谷山をあとに案内標示を反対にたどって
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入口までたどり着きました。
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平地をのんびり歩いて十輪寺に戻りました。
下りが多かったせいでかなり膝にきましたが、
古城址にも寄ることができ、楽しい山歩きでした。
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by harahira2 | 2013-02-25 22:35 | Comments(0)

月ヶ谷尾根分岐点まで


坊ヶ峰を目指して急な坂道を登ります。
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縁の白いクマザサが茂っています。
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ここも倒木が激しくなっています。
風当たりの強い場所なのでしょう。
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スミレを見つけました。
この時期にしては早い開花です。
タチツボスミレでしょうか。
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樹間から浜名湖北岸が見えます。
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樹林の坂をぐんぐん登ります。
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夫婦岩まで来ました。
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歩道脇にいくつかの平場が見えます。
かつては何らかに用いられた場所のようです。
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坊ヶ峰に着きました。
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石垣に囲まれた社があります。
ここは海抜445mの標示があります。「ホ12」です。
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建物の横の柱には「本尊正観世音菩薩」
と書かれた木札が打ち付けられており
また、「浜名西国三十二番札所」とあります。
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「宝歴二年」と書かれていますが、「宝暦」の間違いでしょう。
西暦1751年からはじまる江戸時代の元号です。

すぐ裏には秋葉神社の社があり、
さらにその裏に小さな石造りの祠もあります。
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この裏がやや高くなっていて、
回り込むと三角点があります。
「嵩山村」の二等三角点です。
海抜445.8mだそうです。
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北上します。
しばらくゆるやかに下ると
やや大きな岩に突き当たり、
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回りこむところには虫のナナフシのような
倒木が倒れています。
この岩を「ナナフシ岩」と名付けています。
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さらに進みます。
「ホ11」の標示がありました。
このあたりはなだらかな道になっています。
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やや明るい場所に来ました。
もともと道は広かったようです。
「ホ10」の標示です。
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坂が急になってきて
激しい倒木林をくぐり、乗り越えていきます。
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「ホ9」の標示。やっと一桁ナンバーになりました。
このように方面の標示があると助かります。
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急な坂の途中に、
枯れ木にお尻を乗せたような桜の木がありました。
なぜか、赤塚不二夫の漫画に出てくる
レレレのおじさんを思い浮かべます。
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やや大きな岩の横を通ります。
「おむすび岩」と呼んでいますが、
裏から見るとおむすびではありません。
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わたしが「嵩山大通り」と呼んでいる広い坂。
イノシシの掘り返したあとがいっぱい、
しかもまだ新しいので
出てくるはずはないと思っても緊張します。
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ピークに出ました。
「ホ8」の標示があります。
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宮標石もあります。
ここが月ヶ谷尾根への分岐点です。
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ここを西に向かいます。初挑戦です。

<続く>
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by harahira2 | 2013-02-25 22:32 | 弓張山系 | Comments(0)

富士見岩へ


<続き>

大知波峠廃寺をあとに、富士見岩を目指します。
ササの茂るゆるやかな尾根を登っていきます。
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左側から並行してきた作業用の道と出会います。
作業道は大知波峠から始まり、ここが終点のようです。
何のための作業道かわかりませんが、
こうして草が刈り払われているところをみると
作業は依然として行われているのでしょう。
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5分も歩くと三角点に出会います。
四等三角点「長彦峠」です。
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この三角点名は「大知波」ではなく
「長彦」を使っています。
峠からは少し離れていますが、
他に適当な名前がなかったのでしょうか。

ところで、普通三角点は近辺で最も高い地点が選ばれていますが、
この地点はなだらかなところで、とてもピークには見えません。
どうしてここが選ばれたのか不思議なところです。
他の三角点との距離を考えた結果でしょうか。

このあたりは本当になだらかです。
とんがった岩がありました。
これも烏帽子岩と呼びたいところです。
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十本ぐらいに枝分かれしたアカガシ。
(これは違ったかな?)
このあたりにはアカガシが多く、
初夏には赤っぽい新芽が見られます。
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木にもたれたようになっているので「もたれ石」
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屏風のように開いた石、「屏風石」。
ただし、腰ほどの高さもありません。
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こちらも扇のように開いているので「扇石」
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この日は光の具合が悪く、
写真がうまく撮れていません。
あしからず。

「ホ24」の標示がありました。
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いつ見ても傾いているような「傾き石」
いつも同じなのはあたりまえですが、周りの木も傾き加減です。
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東に出っぱった場所があります。
すばらしい展望が開けています。
しかし、よい名前が思いつきません。
しばらく保留とします。
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浜名湖が間近かに見えました。
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浜松のアクトタワーも見えます。
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この日は富士山がよく見えました。
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坂を下ります。
こんなところにも階段が造られています。
乾いたときはよく滑りそうな場所なので、ありがたいものです。
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左右にササの茂る道を通っていきます。
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おもしろい枝の木がありました。
いったん下にさがってから横に伸びています。
自然の造形はおもしろいですね。
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富士見岩が見えてきました。
鉄塔がすぐ横にあるのは無粋ですが。
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この日は富士見岩には何人もの人がいて、
ちょうどよい方向から写真を撮ることはできませんでした。

岩の手前に登頂記念の標示板がありました。
1月には見えなかったように思います。
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南アルプスがくっきりと見えました。
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富士山もよく見えましたが、
上部に横筋のように雲がかかっていました。
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なぜか浜名湖方面のアップを撮り忘れました。
ここに来ると富士山のほうばかり見てしまいます。
標示は「ホ23」です。
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これは裏側からの写真です。
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「ホ22」が裏手にあります。
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しばらく居合わせた人たちと会話し、風景を楽しんで、
本坂峠に向けて出発しました。

<続く>
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by harahira2 | 2013-02-25 22:30 | 弓張山系 | Comments(0)

大知波峠へ


長彦自然歩道から長彦のマンサクを見て、
嵩山の裏山を巡回することにしました。
(マンサクについては別に紹介しています。)

嵩山・長彦の十輪寺に車を止めました。
十輪寺は長彦自然歩道利用者の駐車場として開放されています。
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それほど寒い日ではありませんでしたが、
長彦川の川辺の枯れ草に氷が付いていました。
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ロウバイが民家の庭に咲いていました。
色鮮やかでとてもきれいです。
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長彦自然歩道の開始点の案内看板が見えます。
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民家の横にはめずらしい(と思っていますが間違いかも)
カゴノキの横を通り過ぎます。
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狭い畑道を通ります。ただのあぜ道のようです。
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すぐに山道に入っていきます。
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この自然歩道を歩く人は少なく、
これまでこの道で人と出会ったことはありません。
このためか、このあたりは道も狭く、左右に茂みが迫って
自然歩道というより山道然としています。
ただし、こちらのほうが自然に近いのは言うまでもありません。

「長彦自然歩道(大知波道)」と付けられた標示。
この道は、大知波へ抜けるということで
「大知波道」と呼ばれたようです。
大知波峠から東の大知波に下る道は、
大知波から豊川へ行く道として
「豊川道」と呼ばれたようですが、
豊川道が愛知県側でどこを通っていたのかはわかりません。
石巻山は古来有名な山なので
石巻山へ向かっていくほうが
道としては成立しやすいように思われますが
どうでしょうか。
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やがて堀のようなところになります。
夏にも何回か通りましたが、
薄暗く湿気があるので
ヤブ蚊やクモなどが群がって大変でした。
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一方、冬は落ち葉がいっぱいで足が滑りそうです。
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寝台岩と勝手に名付けている岩。
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ケルンの作り始めのような石組み。
今後さらに高くなっていくでしょうか。
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このように石がごろごろしたところもあります。
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柱が途中で折れてしまった標示を
石で組んで立てているようです。
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昼飯石と名付けている石。
ここで何回も休憩をとりました。
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これも勝手につぶて石と呼んでいます。
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盛り土造成したような道です。
道の断面が台形のようになっています。
自然なんでしょうか。
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この道には石や木に矢印が書かれているのをよく見かけます。
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曲がり角には上から下りて来たときと
下から登ってきたときの両方の標示がしてあります。
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明るくなってきました。
御用岩への標示があります。
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御用岩は自然歩道から数十メートル
離れたところにある大きな岩です。
どうして御用岩というのかは知りませんが、
長彦を一望できる岩です。
太い松の横をすり抜けて進みます。
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すぐに突き出た岩にたどり着きます。
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長彦から嵩山の町が見えます。
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三河港が見えます。
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石巻山が見えます。
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石巻山頂のアップです。
山頂の岩場がはっきりと見えます。
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採石場の後方に本宮山が見えます。
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自然歩道に戻ります。
この付近は高圧線が通っているため
下の木々は伐採されています。
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長彦峠のマンサクを見ました。
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さいころのような石。
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大知波峠に出ました。
峠は草木が刈られていて
すっかり広場になっています。
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石巻山に通ずる林道がつながっています。
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大知波峠は大知波峠廃寺で有名です。
峠の東から南にかけての斜面(静岡側)に
平安時代中期に全盛となった大寺院址といわれ、
平成のはじめごろ大々的に発掘調査が行われました。
ただし、文献上には何の記録もなく、寺名もわかりません。
大規模なわりに最近知られるようになった寺院跡です。
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発掘の結果、10以上の建物跡と
大量の土器、陶器類が出土しています。
現在は草が繁って石垣や礎石等は隠れてしまい、
発掘当初とはずいぶんと風景は変わっていますが
それでも、毎年しっかりと草刈りを行ってくれるので
寺院跡の全体の概観はよくわかります。

平坦な建物跡。礎石が並んでいます。
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浜名湖がどんと広がって見えます。絶景です。
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大知波峠廃寺には、行くたびに見回って時間をかけてしまいます。
次に進みます。

<続く>
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by harahira2 | 2013-02-25 22:15 | 弓張山系 | Comments(0)

長彦峠のマンサク


嵩山の長彦峠にマンサクを見に行ってきました。
長彦は豊橋の嵩山のなかにある一集落です。
ここから県境の峠までが長彦自然歩道として整備されています。

その峠が長彦峠です。別名を大知波峠ともいいます。
この峠の静岡側にある大知波峠廃寺が有名になって以来、
大知波峠という名前のほうがよく知られるようになりましたが、
もともと峠というのは、「この峠を越えれば○○へ抜ける」ということで、
抜ける向こう側の地名を付けて呼ばれたものと思います。
したがって、それぞれの土地で別の名で呼ばれるのは
不思議なことではないと思います。

しかし、ここではマンサクが長彦にあることをはっきりとさせるために
長彦峠とするほうが心情的にも納得できるところでしょう。

前置きはさておき、
「マンサク」という名前は「まず咲く」ということばが
なまって付けられたという説があるくらいですから
森の中で春一番に咲いて目立ったのでしょう。

長彦峠のマンサクも樹林の中で目立ったと思われますが、
ちょうど高圧送電線の下にあって
去年大規模に樹木の伐採が行われたため
マンサクだけが残されていっそう目立つようになりました。

確かに立派な木です。
マンサクは小高木に分類されるので、
目の高さで花を見ることも多いのですが、
この木は大きくて花が上の方にあるので
知っていないと枯れ葉のついた木と思ってしまいそうです。
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道の左の木がマンサク

手書きの標示がされていました。
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黄色いリボンのような花びらが見えます。
見ていると黄色と言うよりも黄金色という表現がぴったりです。
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ただし、高いのと自然歩道からは少し離れているので
アップで見るというわけにはいきませんでした。

しかし、いいものを見たなあ、という満足感に浸らせてもらいました。
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by harahira2 | 2013-02-25 22:09 | 弓張山系 | Comments(0)

多米古道


多米峠は、愛知県豊橋市と静岡県湖西市とを結ぶ峠です。
現在は県道豊橋大知波線として多米トンネルがあるため
多米峠を越える山道は一般に利用されることはありません。
しかし、かつてはこの2つの土地をつなぐ貴重な道だったと思われます。

この道は「豊橋往還」と呼ばれたようで、

 「村の東方遠江国敷知郡大知波村堺より、
 本村滝の谷峠を越え村の中央を貫き西方
 渥美郡東田村の境に至る。長さ四拾六町
 四十七間、幅弐間、並木無し、修繕費民
 に属す。」


と『多米郷土誌』に書かれています。
多米峠は昔「滝の谷峠」と呼ばれていたようで、
2間、つまり幅3.6mもある立派な道だったわけです。

明治26年の二万分の一地形図には
実線と破線の両方で道が描かれています。
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(地図上に緑色で着色してあります。)

その地図には記号の説明がありませんが、
別の年代の地形図に同じ道路記号があり、
「幅員二米以上」となっているので、
2m以上3m未満の広い道だったことがわかります。
幅2間まではありませんが、ほぼ同じと見ていいでしょう。

ここではこの道を「多米古道」としておきます。
今回この道をたどってみました。
上の地図の赤いくさび印の間です。
なお正確さは保証できませんが、
地図の茶色い線は現在の県道で、破線部分がトンネルです。


ただし、別のところを寄り道したあとなので
ここでは多米峠を起点として紹介します。

多米峠から湖西側に下りて
再び多米峠まで登り返して
多米自然歩道を下るという行程です。

多米峠です。標高266mです。
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どんと居座ったような岩が目印です。
昔の人はこの岩でひと休みしたのでしょう。
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ベンチが設置され休憩所になっています。
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樹木の間から浜名湖方面の眺望があります。
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岩の横のわずかな踏み跡を東に入って行きます。
いきなり倒木が道をふさいでいます。
倒木はまだ葉が青く、最近のことのようです。
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これを越えると結構広い道になります。
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すぐにV字に折れ曲がります。
それほどの傾斜ではないのにこのように曲がっているのは
荷車や牛馬を通すためでしょう。
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道には低い木が生えているので歩く部分は狭くなっていますが、
もともとはかなりの広さがあったはずです。
低い木はここ数年で伸びたような背丈です。
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全体としてあまり変化のない山道です。
等高線と角度がつかないようになだらかに下っていきます。

浜名湖方面の眺望がありました。
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ときどき倒木が道をふさいでいます。
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「ミツバツツジ」の標示が付いています。
だれが付けたかわかりませんが、人に示すために付けているので
この道を通る人がいることを前提にしているものです。
この道を里山やふるさと再発見などとして
利用しようとしたあとなのかも知れません。
ぜひ再興してほしいものです。
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しかし、この木はミツバツツジではありません。
おそらく、はじめはミツバツツジに取り付けたのですが、
取れて落ちたのを別の人が適当な木に付けたのでしょう。

また、折れ曲がりがありました。
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太い樹木が道の真ん中に立っていることはないので、
本当に最近まではよく通っていたのだろうと思われます。

また折れ曲がりです。
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なだらかな沢が湿地を形成していました。
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石が崩れてごつごつになっているところもあります。
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左に見える赤いものは灰皿です。
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かなり広い道になっていますが、
「この先行き止まり」の看板。
もともとはこの先まで道があったはずですが、
別の道ができたためか、私有地になったのか、
通ることができません。
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折れ曲がって狭い道になります。
これは本来の古道ではありません。
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じきに旧道に出ます。
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この旧道は現在の県道ができる前の
曲がりくねった舗装道路です。
古道よりはずっと新しい道のようです。
現県道はこれらの旧道をできるだけ
カーブを緩くするように造られています。
現県道に出ました。
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ここまでで再び多米峠まで登り返します。

多米峠まで来ました。
ここから多米自然歩道を下ります。
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ただし、多米自然歩道はこの峠付近では
もともとの道をショートカットしています。
その道は階段になっていて堀割のような道を進みますが、
もとの道は、なだらかに斜めに下ります。
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折れ曲がりです。
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すぐに真っ直ぐに下りてきた階段道と出合います。
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ここも折れ曲がり地点になっています。

さすがに豊橋側は多米自然歩道として手が入れられているだけあって
樹木が道を狭めることはわずかで、道幅は十分あります。
ここは広さが3m以上もあります。
荷車が行き交えるように広くしてある場所でしょうか。
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ただし、その一方で雨水が道に集まって流れるので、
かなり流水で削られてきます。
それを防ぐために水を道路脇に流すように工夫してあります。
これは最近設置されたようです。
自然歩道推進協議会の方々の手になるものでしょう。
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下に行くほど流水が集まるせいか浸食がはげしいようです。
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ここは多米自然歩道ですから、
ところどころに標示が立てられています。
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ここは折れ曲がり地点で、
かなり削られてしまっていますが、
石を組んで曲がり角を整備したようです。
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これはずいぶん掘れています。
昔なら、村人総出で道普請をしたことでしょうが、
今ではそんなことばできません。
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鉄パイプの手すりが見えてきました。
手すりの向こうは切り立った崖になっていて
その下は県道が走っています。
県道を整備したとき道を斜めに横切ったため
このようになってしまいましたが、
もともとの道は別の方向に続いていたはずです。
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手すりの横を通って下りるとやがて階段になり、
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自然歩道入口に到着です。
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そこは、県道豊橋大知波線の
多米トンネルを豊橋側へ抜けたところです。
普通に車で県道を走っているだけだと
長年通っていても歩道入口の存在に気づかないようです。
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県道を150mほど歩くと駐車場に着きます。
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本来の多米道はここを横切っていたようです。

地図でもわかるように
実際には多米道は豊橋側も湖西側も
もっと下のふもとまで続いていました。

豊橋方面は現在でも駐車場を越えて
さらにたどることができます。
またの機会に紹介します。

湖西方面は現在の道路に何度も寸断されながら
大知波までつながっていたようです。
これをたどることができるかどうか、
機会があったら調べてみたいと思います。
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by harahira2 | 2013-02-13 19:52 | 弓張山系 | Comments(0)

豊橋鬼祭


安久美神戸神明社の鬼祭を見に行ってきました。
この祭りは平安時代から続いているそうで、
国の重要無形文化財となっています。
祭りは毎年2月10,11日に行われ、
東三河に春を告げると言われています。

神社に着くと境内は人だかりでいっぱいでした。
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赤鬼と天狗のからかいを見る人は年々多くなっているようです。
鬼が出てきても前の人が邪魔になってなかなか見えず、
カメラを持つ手をできるだけ上に伸ばして
群れの後ろから撮るしかないという状態でした。
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早くから行って場所取りしないとだめですね。

赤鬼が近づいてきました。
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天狗も出てきます。
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この祭りのメインイベントである
「赤鬼と天狗のからかい」が行われるのですが、
うまい位置関係になってくれません。
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やがて赤鬼が負け、
タンキリ飴をまきながら去って行きます。
あたりは白い粉が煙幕のようになります。
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真っ白けになっている人もいっぱいいます。
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タンキリ飴を食べると厄除けができ夏病みしないそうです。
わたしは後ろのほうにいましたが、少しかかりました。

勝った天狗がお祓いをしているようです。
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司天師の田楽はべろべろに酔ったような踊りです。
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笹良児の田楽
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御玉引の神事
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黒鬼が最高の神のようです。最後に登場します。
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黒鬼に頭をなでられると夏病みしないそうで、
赤鬼と天狗のからかいの最中もひっそりと
多くの人の頭をなでていました。
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今年は位置取りが悪く
いい場面が撮れませんでしたが、
それでも楽しいひとときでした。
神事の意味をくわしく知って見学すると
さらにおもしろくなりそうです。
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by harahira2 | 2013-02-11 21:30 | 地域 | Comments(0)