黒松峠から浅間山


<続き>

黒松峠を過ぎると、しばらく道が広くなり
林道のようになります。
県境にもなっていて
防火帯の役目も持っているのでしょうか。
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ツルリンドウが赤い実をつけていました。
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スズカアザミ。
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スルガテンナンショウ。
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真ん中の線はバイクのわだちでしょう。
ここもバイクが頻繁に通るのでしょうか。
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下草がきれいに刈り取られたヒノキ林のなかを進みます。
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ぬた場のような湿った分岐点に来ました。
左前方もかなりしっかりした道ですが、
地形図には載っていません。
尾根の鞍部がどうして湿気ているのか不思議です。
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このような案内がありました。
わかりやすいですね。
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直進します。
赤いテープが巻かれています。
近々切り出すんでしょうか。
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きれいに並んだ樹林のふちです。
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なぜか抜き出された標石。
はちまきをしているようです。
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大きな石があるピークを越えてまた下ります。
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「山火事注意」の看板。
コノハズクは愛知県の県鳥ですが、
コノハズクに似ていますか?
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道がいったん狭くなります。
低木が繁茂しているだけでしょうか。
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枯れたリンドウの花がありました。
少し前ならきれいに咲いていたことでしょう。
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道の真ん中がぬた場のようになっています。
このあたりは北へ向かっているようです。
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このあたりから道は狭くなってきます。
少し登ると下の浅間山頂上に着きました。
標高は479mです。
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頂上といっても樹林の中のピークなので、
眺望はまったくありません。
山名の標示を見てはじめて
頂上であることを認識します。

いろいろなところに登頂記念の札がかかっています。
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西に防火帯状の木の隙間がありました。
地形図で見ると道のようです。
ここにも「山火事注意」の看板です。
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なだらかに下っていきます。
愛知側と静岡側の樹木の違いがおもしろい。
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三叉路のピークに出ました。
例の金属製の案内の標示があり、
右が浅間山であることがわかります。
左のほうの道もかなりはっきりした道ですが、
地形図には載っていません。
いずれまたの楽しみです。
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やや急な坂を下ります。
坂の途中の木の間から前方の山が見えました。
これが上の浅間山でしょう。
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バイクのタイヤが空回りしたような溝。
この傾斜と倒木は厳しいでしょう。
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下るとまた道が不規則に分岐していました。
右はすぐ下の林道が樹間に見えるので
つながっているようです。
左は踏み跡がやや薄くあまり使われていないようです。
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最後の登りにかかります。
石がゴロゴロした道を抜けます。
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道の右側は雑木林ですが、
左側はヒノキの密集した林で、
あまり手が入れられていません。

また左前方への分岐がありました。
どうも愛知県側への分岐が多いようです。
愛知県側からは出入りが多いということでしょう。
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前方に頂きの明かりが見えてきたころ
右手に石仏がありました。
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静岡側を向いて立っています。
2基のようですが、3基あるようです。
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1基目は完全な形に残っています。
2基目は破損していて
切妻のような屋根がありますが、
屋根の片側が失われたもののように見えます。
側面もよくわかりません。
3基目は屋根だけが残っているようです。
上の浅間山のほこらはほとんど完全な形で残っています。
こちらが破損しているのは何か理由があったのかもしれません。

さら登って上の浅間山に到着です。
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石のほこらや碑が並んでいます。
ほこらは12基あるということですが、
数えそこなってしまいました。
それにしても壮観です。
六地蔵とか八部衆でも12には届きません。
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1体1体、形もつくりも異なっていて
少しずつ増やしてこのようになっただろうと思われます。
土台の石垣の造りも全体の統一がとれておらず、
途中で付け加えられたようになっています。
ほこらを増やすにしたがって
少しずつ広げていったのでしょうか。
左端の方が素朴なつくりで古いように見られます。

浅間山は各地にありますが、
ほとんどは富士山信仰の山です。
多くは「せんげんさま」などと
地元であがめられています。
このほこら群もそうなのでしょう。

しかし、どうして全部が愛知県側を向いているのでしょう。
以前登った弓張山の北の浅間山は東向きで、
富士山の方を向いていました。
登る途中にあったのも東向きです。
この違いはいったい何でしょう。

ひとつの石碑には明らかに「山吉田」と刻まれているので、
新城側の山吉田の人たちが造立したようです。
自分たちの住む村の安全を願って
西麓の村の方を見守るようにしたのかもしれません。
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12基ものほこらを安置したのは
昔の人々の信仰心の深さでしょう。
人々の幸せや安心を願う気持ちが強くこめられているようで、
信仰心のないわたしでも神妙な気持ちになります。

調べてみたい点はいくつも出てくるのですが、
残念ながら現在のところ手がかりがありません。

帰りは来た道を帰りました。
念願の浅間山のほこらを見られて満足です。
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by harahira2 | 2013-12-09 22:50 | 弓張山系 | Comments(0)


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